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今や日本にすっかり定着したベトナム料理。 日本で最初のベトナム料理レストランは、1980年に開店した赤坂の老舗「アオザイ」だそうですが、日本でベトナム料理が注目を集めたのがバブルの頃でした。 中国料理、台湾料理、韓国料理などの知名度に比べてはもちろん、同じ東南アジアのインドネシア料理やタイ料理などに比べても、日本でのベトナム料理の知名度は決して高くありませんでした。 その背景にあったのが、70年代... Continue reading
Posted 7 days ago at Tokyo Culture Addiction
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グリニッチ・ヴィレッジ・コネクション<上>、<中>に続いて60年代のニューヨーク グリニッチ・ヴィレッジの群像を。                 東をブロード・ウェイ、西をハドソン川、北を14丁目、南をハウストン・ストリートに囲まれたエリアが通常、グリニッチ・ヴィレッジと呼ばれている場所だ。                   マンハッタン島は1609年、オランダ東インド会社に雇われたイギリス人... Continue reading
Posted Aug 9, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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    80年代バブルの頃、建築界を賑わしていたのがポストモダンデザインだ。   ポストモダンとバブルとはそもそもまったく別の話なのだが、バブルに沸く社会の雰囲気とポストモダンデザインが標ぼうするイメージがぴったりと一致し、ポストモダンデザインは、バブルを象徴するデザインとなった。   もともとポストモダンとは、建築から始まり、その後に思想や社会などに普及した概念だ。   画一化や非人間化が叫ばれ... Continue reading
Posted Aug 1, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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  アルヴァ・アアルト Alvar Aaltoは、合理性や機能に軸足を置きながら、人間味が感じられる建築や家具やプロダクトなど、独自のモダンデザインを生んだフィンランドの巨匠建築家だ。 曲げ木を使ったシンプルな《スツール60》や独特の曲線ガラスで作られた花器《アアルト・ベース》など、アアルトがデザインしたプロダクトは、日本の公私の場でもよく見かけ、これらは日本で最も親しまれている北欧モダンデザイン... Continue reading
Posted Jul 30, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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2008年のリーマンショックの際、日本でもディベロッパーやゼネコンの倒産が相次いだ。80年代バブルの影響が少なく、急拡大、急成長を誇っていた新興ディベロッパーや中堅ゼネコンがバタバタと潰れていく様子は「突然死」と呼ばれた。 「突然死」の理由は、開発の失敗や保有資産の値下がりや営業赤字ではなく、世界的な信用収縮による資金ショートだった。 2000年にITバブルがはじけた後、アメリカの投資資金は有望な... Continue reading
Posted Jul 18, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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グリニッチ・ヴィレッジ・コネクション<上>に続いて60年代のニューヨーク グリニッチ・ヴィレッジの群像を。       ウエスト・ヴィレッジ(グリニッチ・ヴィレッジの西側で6番街からハドソン川までのエリア)のハドソンストリート555番地にあったジェイン・ジェイコブズの家は、ロバート・モーゼスとの闘いのヘッドクオーターとなった。「毎晩のように、ビレッジ救済委員会の主要メンバーはジェイコブスの家で落ち... Continue reading
Posted Jul 10, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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『アメリカ大都市の死と生』 THE DEATH AND LIFE OF GREAST AMRICAN CITIES (1961)(★1)は、アーバンデザインや都市計画の分野ではバイブル的存在として名高い著作だ。     著者のジェイン・ジェイコブズは、政治家や官僚や専門家は都市のことをなにもわかっていないとして、自らが住むニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジの街の様子を生き生きと活写し、多様性こそ... Continue reading
Posted Jul 1, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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80年代バブルは、1990年3月の不動産融資総量規制がきっかけで崩壊したと言われているが、実際に地価やマンション価格が本格的に下がり始めたのは1992~1993年頃からであり、不況感が深刻に実感されはじめたのもその頃からだった。 80年代バブルとその崩壊を象徴し、忘れられない心象がある。岡崎京子の『リバーズ・エッジ』に描かれた風景だ。      「リバーズ・エッジ」は月間CUTIEに1993年3月... Continue reading
Posted Jun 26, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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    B級グルメは80年代のバブルの頃に登場した。 B級グルメという言葉が広く認知されたきっかけは『スーパーガイド 東京B級グルメ』(文藝春秋編 文春文庫ビジュアル版 1986)だ(★1)。 里見真三が編集長をしていた80年代前半の季刊誌『くりま』での食特集記事を母体としてビジュアル文庫化したものだ。 気取ってなくて、お手頃価格で、そしてストレートに旨い。そんな食べ物と食体験を指してB級グルメと... Continue reading
Posted Jun 12, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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  《ショウナイホテル スイデンテラス》 SHONAI HOTEL SUIDEN TERRASSEに泊まってみました。 《ショウナイホテル スイデンテラス》は山形県鶴岡市にあります。その名の通り、米どころを象徴する庄内平野の水田(★)の中に建っています。 見晴らしの良さ、空の大きさなど、田んぼが広がる大らかな風景は、建て込んだ都会の街並みを見慣れた目には、今や新鮮に映ります。   水田を渡るように... Continue reading
Posted Jun 11, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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バブルとは内なる自己破滅願望なのか ~『マネー・ショート 華麗なる大逆転』~ 『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(アダム・マッケイ監督 2015年)は、リーマンショックの際、「逆張り」で、つまり市場の暴落に賭けて大金をつかんだ投資家たちの群像劇。投資銀行の内部からバブル崩壊を描いた『マージン・コール』とは逆の視点から、100年に一度といわれた金融危機のその時を描く。こちらも芸達者な俳優たちが金融... Continue reading
Posted May 31, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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               先月で終わった平成(1989年1月8日~2019年4月30日)の30年の間には計3回ものバブルが起こった。1980年代の日本のバブル、1990年代のITバブル、2000年代のリーマンショック(アメリカ住宅バブル)である。 1980年代の日本のバブルは、経済や社会への影響の大きさとその影響の長期化から、その後の日本社会は失われた20年とも30年ともいわれ、一方、世界はそ... Continue reading
Posted May 14, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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        今年(2019年)は、バウハウスが設立されてからちょうど100年にあたる。ドイツのワイマール(ヴァイマル)のバウハウス校は、1919年にヴァルター・グロピウスを初代校長として開設された。      バウハウスは1925年にデッサウに移り、8年の活動の後、1933年、ミース・ファン・デル・ローエが校長を務めていた時、ナチスの圧力により閉鎖に追い込まる。バウハウスの活動は合計14年余り... Continue reading
Posted May 13, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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書店に平積みされていた「ぼくのまち、東京」と題された雑誌『ポパイ』 POPEYE (2019年5月号#865 マガジンハウス)を思わず手に取った。『ポパイ』を買ったのはかれこれ30年ぶりだ。 『ポパイ』は ”Magazine for City Boys” をテーマに1976年に創刊された。 時は、浅間山荘事件(1972年)で60年代の政治の季節に決定的な終止符が打たれ、さらに50年代以降続いていた... Continue reading
Posted Apr 28, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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アンドロイド、サイボーグ、AI(人工知能)など、さまざまに想像されてきたポスト・ヒューマン像。それは人間の鏡であり、つまりは人間とはなにか?という根源的な問いに対するシミュレーションのようなものだ。 「映画に描かれたポスト・ヒューマン像<上>」に続き、映画の世界で描かれたポスト・ヒューマンの姿に、人間が抱く願望と不安を見てみよう。   『トランスセンデンス』。科学、テクノロジー、権力をめぐる物語 ... Continue reading
Posted Apr 26, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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シンギュラリティ(技術的特異点)をめぐる議論では、2045年にはAI(人工知能)の能力が人間を凌駕して、AIは人間を超えた存在となり、AI自体もしくはAIと接続された人間は、それまでの人間の能力をはるかに超えたポスト・ヒューマンとでも呼ぶ存在になる、と言われている。 今話題の『ホモ・デウス』(ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之訳、河出書房新社、2018)では、シンギュラリティによって訪れる未来のポ... Continue reading
Posted Apr 21, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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   始めてニューヨークに行ったのは1987年10月のことだ。       国内ではバブルの予感がひたひたと忍び寄り始め、ディベロッパーには超高額物件や大型プロジェクトの話が舞い込み始めていた。         とはいえ、当時の東京はアークヒルズ(1986年)ができあがったばかりで、超高層マンションはというと、大川端の8本のタワーのなかのリバーポイントタワー(40F)が建設中(1989年竣工)とい... Continue reading
Posted Apr 13, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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     『我々は人間なのか?』(ビアトリス・コロミーナ、マーク・ウィグリー、牧尾晴喜訳、BNN新社、2017年)は、「デザインの歴史とは、進化していく人間の概念についての歴史」であるとして、デザインと人間の関係を問う書である。    著者は、「デザインが人間をつくる」と述べ、人間主体の常識を覆す。     「途切れることのない人工物の発明によって人間が誕生する。その発明には不気味な鏡がついていて... Continue reading
Posted Mar 26, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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        「月曜日から札幌に行って欲しい」。上司のT課長はたいそう簡単にそう告げた。1986年の6月最後の金曜日のことだ。   札幌での役目は、西洋環境開発が札幌で初めて取り組むマンションの商品づくりの助っ人だった。入社2年足らずの現場も知らない若造でも猫の手ぐらいにはなるだろうという訳だ。     札幌の分譲マンションの第一号は1964年に分譲された藻岩マンション(南20西12)だといわれ... Continue reading
Posted Mar 21, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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             ライブラリー、フィットネススタジオ、パーティルーム、スタディルーム、ミュージックスタジオ。ゴルフスタジオ、キッズルーム、ゲストルーム、スカイラウンジetc.先日、訪れた勝どきのタワーマンションの共用施設である。     階数は40階を超え、総戸数は1400戸超、おそらく3000人を超す人々が住むタワーのエントランスは人の出入りも頻繁だ。          こうした入居者専... Continue reading
Posted Mar 21, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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          再訪したアンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院・1951年)では、今年(2019年)改修・増築を迎えるにあたって、「建築家・坂倉準三 パリ-東京 生き続ける建築」展(2018年9月6日~10月21日)が開催されていた。                 ホールには坂倉準三がデザインした天童木工の椅子が展示されている。コルビュジエ事務所の同僚だったシャルロット・ペリアンとの共... Continue reading
Posted Mar 15, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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  新宿区市谷のアンスティチュ・フランセ東京(旧東京日仏学院・1951年)は本年(2019年)、建築家・藤本壮介によって改修・増築の予定だ。 最初の建物が完成してから今年で57年、改修前に坂倉準三のマスターピースを再訪した。 アンスティチュ・フランセ東京は、新宿区船河原町の、市ヶ谷台地へと上る逢坂が始まるところに建っている。高台の敷地に建つその姿は、しばしば丘の上の客船と形容される。       ... Continue reading
Posted Mar 4, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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               建築家の槇文彦は、1970年代に、おもに個人住宅作品によって世に登場した当時の若手建築家たちを「野武士」と命名しました。(「平和な時代の野武士たち」、『新建築』1979年10月号)      間接的な言及ですが建築家・安藤忠雄も「野武士」の一人として名前が挙げられています。   周知のように安藤忠雄は、既存の建築アカデミズムとは無縁のところから出発した建築家であり、ま... Continue reading
Posted Mar 1, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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日本の街並みを作っているのは、建築家とは無縁のなかでつくられる、ごく普通の住宅です。 松村秀一『「住宅」という考え方 20世紀的住宅の系譜』(東京大学出版会1999年)は、建築専門誌で取り上げられる「英雄的な」建築家住宅や住宅専門誌に登場する華々しい住宅とは無縁の、しかしながら市場の大半を占め、日本の住宅地の風景をつくり、住宅文化を担ってきた、いわば無署名の住宅を丹念に追ったものです。 「住宅」と... Continue reading
Posted Feb 27, 2019 at Tokyo Culture Addiction
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「住宅は住むための機械」と言ったル・コルビュジエは、一方で次のような言葉も残しています。 「住宅は家族の神殿だと思っている。人間の幸せのほとんどがそこにある」、「なぜ住宅に携わろうと思ったのか?問題の解決に近づくことで人々の苦悩を軽減したかった。結局は生きる喜びをもたらす仕事が好きなんだ」(★) 「建築か革命か」そう宣言して登場した若きル・コルビュジエにとって、建築とはなにをおいても住宅のことでし... Continue reading
Posted Feb 27, 2019 at Tokyo Culture Addiction